BPSDとは何か
BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)とは、認知症の行動・心理症状のことです。
認知症には「中核症状」と「BPSD」の2種類の症状があります。記憶障害・見当識障害・実行機能障害などの「中核症状」は、脳の神経細胞の障害によって直接引き起こされます。一方BPSDは、中核症状を背景にしながら、本人の性格・生活歴・環境・介護の質など様々な要因が絡み合って現れる二次的な症状です。
中核症状は薬での改善が限られますが、BPSDは「なぜ起きているか」を理解し、環境・関わり方を変えることで大幅に改善できる可能性があります。「どうしようもない」と諦めず、原因を探ることが介護の質を上げる鍵です。
BPSDが起こる理由
BPSDは、大きく3つの要因が重なって生じます。
- 脳の変化:感情・行動を調節する脳の部位(前頭葉・扁桃体など)の障害により、感情コントロールが難しくなる
- 心理的要因:「なぜここにいるのかわからない」「できなくなった自分への不安・焦り」「周囲に理解されない孤独感」などの感情的ストレス
- 環境・介護の要因:介護者の言葉・態度・環境の変化・昼夜のリズムの乱れ・身体的不快感(便秘・痛み・脱水等)がBPSDのきっかけになる
つまりBPSDは、「本人が何かに困っている・辛い・不安だ」というメッセージである場合がほとんどです。「問題行動」ではなく「SOS」として受け取る視点が大切です。
BPSDのトリガーを記録する——パターンがわかると対応が変わる
「なぜか決まった時間に症状が出る」「特定の介助のときだけ暴言が出る」——BPSDには繰り返しのパターンがあることが多く、観察記録をつけることでトリガー(引き金)が見えてきます。
以下のような4点を記録するだけで、1〜2週間後には傾向がつかめます。
| 日時 | 症状・言動 | 直前の状況 | 推定トリガー | 試した対応と結果 |
|---|---|---|---|---|
| 5/12 18:00 |
「出て行け!」と怒鳴る・腕を払いのける | 入浴介助を始めようとした直前 | 脱衣への恐怖・介助者への不信感 | 「嫌でしたよね」と声かけを変え10分後に再試→落ち着いた |
| 5/13 22:30 |
「家に帰る」と叫ぶ・廊下をうろつく | 深夜に覚醒。尿意あり | 排尿感・暗さへの不安 | ナイトライト点灯+排泄介助→40分で入眠 |
| 5/15 17:00 |
「財布を盗まれた」と繰り返す | 夕食前の片付け中 | 夕暮れ症候群+財布の置き忘れ | 「一緒に探しましょう」と別の財布を「発見」→落ち着いた |
主なBPSDの種類と対処法
| 症状 | 内容 | 主な原因・背景 |
|---|---|---|
| 暴言・暴力 | 罵倒する、叩く、引っかく、物を投げる | 恐怖・不安・尊厳への侵害・痛み |
| 妄想 | 「物を盗まれた」「浮気している」「食事に毒が入っている」 | 記憶障害+不安・環境への不信 |
| 幻覚(幻視) | いない人・動物・虫が見える(レビー小体型に多い) | 脳内のレビー小体・感覚統合の障害 |
| 夜間せん妄 | 夜間に突然混乱・興奮・見当識喪失が起きる | 昼夜逆転・身体的不快感・薬の副作用 |
| 帰宅願望・一人歩き | 「家に帰る」と繰り返す・目的地もなく歩き回る | 見当識障害・過去の習慣記憶・不安 |
| 抑うつ・無気力(アパシー) | 何もしたくない・表情が乏しい・引きこもる | 喪失感・孤独感・脳内神経伝達物質の変化 |
| 不潔行為・異食 | 便を触る・食べてはいけないものを口に入れる | 認識の障害・口唇傾向(何でも口に入れる) |
| 過食・食べ物への固執 | 食べても「食べていない」と繰り返す・甘いものを過剰に求める | 記憶障害・前頭葉の変性(前頭側頭型に多い) |
暴言・暴力への対応
- 叩いたり引っかいたりするのは「怖い・嫌だ・痛い」という最後の手段の表現
- 認知症の進行により感情コントロールが難しくなっている
- 「悪意を持って暴力をふるっている」わけではない
- 特に入浴・着替え・排泄介助の場面で多く起きる
暴言・暴力への具体的な対処
- まず距離を置く:その場を離れて、興奮が収まるのを待つ。追いかけると悪化する
- 正面から向き合わない:真正面は「対決」のポジション。横か斜め45度から、目線を下げて関わる
- 声のトーンを下げる:穏やかで低いトーンは鎮静効果がある。早口・大声は興奮を高める
- 感情に共感する:怒りを否定せず、まず感情を受け止める
- きっかけを振り返る:何がトリガーだったかを記録し、次回避けられるか考える
- 身体的原因を確認する:便秘・痛み・尿閉・発熱などが引き金のことがある
言葉の使い方:NGとOK
「さっきも言ったでしょう!」
「落ち着いてください!」
「やめてください!」(強い口調)
「驚かせてしまってごめんなさい」
「少し休みましょうか」
(静かに、低いトーンで)
暴力で怪我をするリスクがある場合は、一人での介護にこだわらないでください。訪問介護・デイサービス・ショートステイに分担し、特定の人に暴力が集中しないようにすることが重要です。施設のスタッフが対応できることは、家族にはできなくても恥ずかしいことではありません。
父に「バカ野郎、出て行け!」と怒鳴られたとき、ショックで涙が止まりませんでした。ずっと介護してきたのに、と。でもケアマネさんから「それはBPSDで、お父さんの本心じゃないんです。入浴が怖かったんですよ」と教えてもらって、やっと理解できました。次から「嫌でしたね、怖かったですよね」と声をかけてから介助するようにしたら、少しずつ落ち着いてきました。言葉の意味じゃなくて、感情を受け取ることが大事なんですね。
※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。
妄想・幻覚への対応
- 物盗られ妄想は、アルツハイマー型で最も多いBPSD。財布を置いた場所を忘れ、誰かに盗まれたと確信する
- 幻視(リアルに見える幻覚)はレビー小体型認知症に特に多い。「小さな子どもが見える」「虫がいる」など
- 妄想・幻覚は本人にとっては「事実」であり、否定しても傷つけるだけ。信じ込みを止められない
妄想・幻覚への具体的な対処
- 絶対に否定しない:「そんなことない!」と言うほど本人の怒りは増す。「大変でしたね」と共感することが先
- 物盗られ妄想:「一緒に探しましょう」と言って別の場所から「見つける」演技をする。財布の予備を2〜3個作っておくと有効
- 幻視:「大丈夫ですよ、もう行きましたよ」と穏やかにかわす。「見えていない」と言うと傷つく
- 犯人と思われたとき:否定・言い訳よりも「見つかってよかった」と一緒に喜ぶほうが効果的
- 部屋の照明を明るく:暗い部屋・夕方の薄暗さは幻視・妄想を悪化させやすい
物盗られ妄想:具体的なセリフ例
「さっき自分で置いたんでしょう」
「また同じことを言って…」
「あ、ここにあった!よかったですね」
(別の場所から見つける演技)
妻が「部屋に知らない男の人がいる」と毎晩言うんです。最初は「いないよ!」と否定していたら余計に怒らせてしまって。主治医から「レビー小体型の幻視は本人にはリアルに見えている。否定せず、一緒に対応してあげてください」と言われてから、「わかった、一緒に確認しようか」「もう行ったみたいですよ」と言うようにしました。そうしたら妻が落ち着くようになった。「嘘をついている」のではなく「本当に見えている」んだと理解することが一番大事でした。
※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。
夜間せん妄への対応
- 夜間に突然始まる混乱・興奮・幻覚(「誰かが来た」「ここはどこだ」「家に帰る」)
- 昼間は比較的穏やかでも、夕方以降に症状が強まる「夕暮れ症候群(サンダウニング)」
- 家族・介護者が最も消耗する症状のひとつ。睡眠不足が積み重なり、介護者側が限界を迎えやすい
夜間せん妄への具体的な対処
- 穏やかな声で現実を伝える:「〇〇さん、今夜11時です。自宅にいます。安心してください」と繰り返す。怒鳴らない・急かさない
- 明るい照明をつける:暗い中での混乱は悪化する。夜間も適度な明かりを保つ。ナイトライトを常設する
- 熟知した物・写真を見せる:家族の写真・愛着のある物が安心感を与える。手元に置いておく
- 身体的原因を確認する:尿が出ているか・便秘はないか・発熱はないか・痛みはないかを確認する
- 昼間の活動量を増やす:デイサービスで昼間に活動し、夜に疲れて眠れるリズムを作る
- 朝の日光浴:朝10〜30分の日光浴は体内時計のリセットに有効。窓際での朝食でも十分
サンダウニング(夕暮れ症候群)対策
- 夕方17〜18時頃に不安・混乱が強まる場合、この時間帯に穏やかな活動(音楽・お茶・散歩)を入れる
- 夕方の照明を明るく保ち、暗くなる前に室内ライトをつける
- 夕食を17時頃に早めることで、食後の落ち着いた時間を作る
- この時間帯に一人にしない。家族の顔を見ることが安心につながる
環境の急激な変化(入院・入所など)はせん妄の大きなリスクです。入院中は毎日家族が顔を見せる、馴染みの物(写真・枕・タオルなど)を持ち込むなどの対応が有効です。入院先の医療スタッフに「認知症があり、夜間せん妄のリスクがある」と事前に伝えておきましょう。
抑うつ・無気力への対応
- 「何もしたくない」「外に出たくない」「食べたくない」が続く
- 表情が乏しくなり、会話が減る。以前好きだったことへの興味が消える
- 「怠けている」「わがまま」ではなく、脳の機能変化と心理的要因が原因
- 認知症患者の30〜50%に見られるとも言われる
抑うつ・無気力への具体的な対処
- 押しつけず、そばにいる:「どうしてやらないの?」と責めず、「一緒にいますよ」という存在を示す
- 小さな役割・達成感を与える:「テーブルを拭いてくれますか?」など小さなお願いで「役に立てた」という感覚を作る
- 昔好きだったことを取り入れる:音楽・園芸・料理・手芸など過去に楽しんでいた活動は、無気力でも引き付けることがある
- 外出・日光浴:デイサービス・散歩で外の空気と光を浴びることが気分改善につながる
- 主治医への相談:抑うつが強い・食事が摂れない状態が続く場合は薬の調整が有効なこともある
薬物療法の考え方
BPSDへのケアの基本は「環境調整・非薬物療法が先、薬物療法は補助」です。ただし、以下のような場合は薬物療法を検討すべき段階です。
- 暴言・暴力が激しく、介護者の安全が保てない
- 夜間せん妄が毎日続き家族が介護不能になっている
- 妄想・幻覚による強い苦痛・恐怖が続いている
- 抑うつが食事拒否・体重減少・自傷を引き起こしている
- 現在使っている薬がBPSDを引き起こしていないか(副作用として興奮・混乱が出ることがある)
- 抗精神病薬の種類・量(高齢者は過鎮静・転倒・誤嚥性肺炎のリスクがある)
- レビー小体型認知症の場合:ハロペリドールなど特定の抗精神病薬で重篤な副作用が出ることがある。必ず主治医に認知症の型を伝える
- 不眠・夜間せん妄:睡眠薬よりメラトニン受容体作動薬(ラメルテオン等)のほうが安全なことがある
- 抑うつには選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が使われることがある
介護者自身を守るために
BPSDの介護は、家族の精神的・身体的な限界を超えやすいです。「私が頑張らなければ」という責任感が、介護者を壊します。
自分を守るための実践的なポイント
- 一人で抱え込まない:ケアマネジャー・地域包括支援センター・主治医に「もう限界です」と伝えることは、弱さではなく正しい行動
- 「完璧な介護」を求めない:今日できなかったことは明日でいい。100点の介護より、70点を長く続けることが本人のためになる
- ショートステイを積極的に使う:「こんなに大変なのに休んでいいの?」という罪悪感を手放す。休むことが続けられる介護の土台
- 感情の吐き出し場所を作る:家族会・介護者サロンで同じ立場の人と話すと孤独感が和らぐ
- 介護うつに注意:不眠・食欲不振・涙もろい・何もしたくない状態が2週間以上続くなら、自分自身も受診を検討する
認知症の方に「バカ」「出て行け」「あなたなんか知らない」と言われても、それはBPSDによる言葉であり、本人の本心ではありません。でも、傷つかないでいることなんてできません。「傷ついた」と感じていい。「嫌だ」と思っていい。その感情を誰かに話してください。あなたが元気でいることが、最良の介護です。
夫が夜中に「家に帰る」と叫ぶようになって、私も毎日2〜3時間しか眠れなくて。ケアマネさんに正直に話したら「順子さんが倒れたら一番困るのはご主人ですよ」と言われて。ショートステイを週1回入れてもらって、久しぶりに一人でゆっくり眠れた朝のことは今でも覚えています。休むことへの罪悪感があったけど、私が元気でいることが夫のためでもあるんだと今は思えます。
※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。
夜中に母が「知らない人が家にいる」と騒ぎ出すんです。台所の方を指さして怖い顔をして。最初は否定していたら余計に興奮して大声になってしまった。「そうなの、もう帰ったよ」と話を合わせるようにしたら、少し落ち着いてくれるようになりました。対応を変えるだけでこんなに違うのかと驚きました。
※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。
父が夜中の2時に「仕事に行かないと」って着替えを始めるんです。最初は怒鳴ってしまっていたけれど、怒ると余計に混乱するとわかって、穏やかに「今日は休みだよ」と繰り返すようにしました。それでも限界な夜はショートステイを使うことにしました。
※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。
夫が突然「お前は誰だ」と怒鳴るようになったとき、正直怖かったです。これは病気の症状だと頭ではわかっても気持ちがついていかない。担当ケアマネに相談して認知症サポーターを紹介してもらったことで、対応の仕方だけでなく自分のメンタルケアも考えられるようになりました。
※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。
よくある質問
まとめ
- BPSDは「問題行動」ではなく「本人の困り・不安のSOS」。原因を探ることが最初のステップ
- 暴言・暴力には距離を置いて共感。正面から向き合わず、穏やかな低い声で関わる
- 妄想・幻覚は否定しない。一緒に探す・「もう行った」などで感情を受け止めながらかわす
- 夜間せん妄はサンダウニング対策と昼間の活動量確保が根本的な予防になる
- 介護記録でBPSDのパターンをつかみ、予防的な対応に切り替える
- 薬物療法は「最後の補助手段」。専門医への相談を恐れない
- 介護者自身が元気でいることが、最良のBPSDケアにつながる
介護のプロに相談する(無料)
- 日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン」→ https://www.neurology-jp.org/
- 日本老年精神医学会「BPSDの治療に関するガイドライン」→ https://www.rounen.org/
- 厚生労働省「認知症施策推進大綱」→ https://www.mhlw.go.jp/
- 公益社団法人 認知症の人と家族の会 → https://www.alzheimer.or.jp/
最終更新:2026年6月