BPSDとは何か

BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)とは、認知症の行動・心理症状のことです。

認知症には「中核症状」と「BPSD」の2種類の症状があります。記憶障害・見当識障害・実行機能障害などの「中核症状」は、脳の神経細胞の障害によって直接引き起こされます。一方BPSDは、中核症状を背景にしながら、本人の性格・生活歴・環境・介護の質など様々な要因が絡み合って現れる二次的な症状です。

BPSDの最大の特徴:環境・ケアで変わる
中核症状は薬での改善が限られますが、BPSDは「なぜ起きているか」を理解し、環境・関わり方を変えることで大幅に改善できる可能性があります。「どうしようもない」と諦めず、原因を探ることが介護の質を上げる鍵です。

BPSDが起こる理由

BPSDは、大きく3つの要因が重なって生じます。

つまりBPSDは、「本人が何かに困っている・辛い・不安だ」というメッセージである場合がほとんどです。「問題行動」ではなく「SOS」として受け取る視点が大切です。

BPSDのトリガーを記録する——パターンがわかると対応が変わる

「なぜか決まった時間に症状が出る」「特定の介助のときだけ暴言が出る」——BPSDには繰り返しのパターンがあることが多く、観察記録をつけることでトリガー(引き金)が見えてきます。

以下のような4点を記録するだけで、1〜2週間後には傾向がつかめます。

日時症状・言動直前の状況推定トリガー試した対応と結果
5/12
18:00
「出て行け!」と怒鳴る・腕を払いのける 入浴介助を始めようとした直前 脱衣への恐怖・介助者への不信感 「嫌でしたよね」と声かけを変え10分後に再試→落ち着いた
5/13
22:30
「家に帰る」と叫ぶ・廊下をうろつく 深夜に覚醒。尿意あり 排尿感・暗さへの不安 ナイトライト点灯+排泄介助→40分で入眠
5/15
17:00
「財布を盗まれた」と繰り返す 夕食前の片付け中 夕暮れ症候群+財布の置き忘れ 「一緒に探しましょう」と別の財布を「発見」→落ち着いた
記録はノートや介護日誌アプリで十分です。「いつ・何をしていたとき・どんな症状・何を試したか」の4点を書くだけ。記録はケアマネジャーや主治医への報告にもそのまま活用できます。

主なBPSDの種類と対処法

症状内容主な原因・背景
暴言・暴力罵倒する、叩く、引っかく、物を投げる恐怖・不安・尊厳への侵害・痛み
妄想「物を盗まれた」「浮気している」「食事に毒が入っている」記憶障害+不安・環境への不信
幻覚(幻視)いない人・動物・虫が見える(レビー小体型に多い)脳内のレビー小体・感覚統合の障害
夜間せん妄夜間に突然混乱・興奮・見当識喪失が起きる昼夜逆転・身体的不快感・薬の副作用
帰宅願望・一人歩き「家に帰る」と繰り返す・目的地もなく歩き回る見当識障害・過去の習慣記憶・不安
抑うつ・無気力(アパシー)何もしたくない・表情が乏しい・引きこもる喪失感・孤独感・脳内神経伝達物質の変化
不潔行為・異食便を触る・食べてはいけないものを口に入れる認識の障害・口唇傾向(何でも口に入れる)
過食・食べ物への固執食べても「食べていない」と繰り返す・甘いものを過剰に求める記憶障害・前頭葉の変性(前頭側頭型に多い)

暴言・暴力への対応

暴言・暴力
背景にあるもの:介護行為(入浴・排泄介助など)への恐怖・尊厳を傷つけられたという感覚・身体的な痛みや不快感・過去のトラウマの記憶
  • 叩いたり引っかいたりするのは「怖い・嫌だ・痛い」という最後の手段の表現
  • 認知症の進行により感情コントロールが難しくなっている
  • 「悪意を持って暴力をふるっている」わけではない
  • 特に入浴・着替え・排泄介助の場面で多く起きる

暴言・暴力への具体的な対処

言葉の使い方:NGとOK

NGな言葉がけ
「なんでそんなことするの!」
「さっきも言ったでしょう!」
「落ち着いてください!」
「やめてください!」(強い口調)
OKな言葉がけ
「そうですよね、嫌でしたよね」
「驚かせてしまってごめんなさい」
「少し休みましょうか」
(静かに、低いトーンで)
介護者を守るルール

暴力で怪我をするリスクがある場合は、一人での介護にこだわらないでください。訪問介護・デイサービス・ショートステイに分担し、特定の人に暴力が集中しないようにすることが重要です。施設のスタッフが対応できることは、家族にはできなくても恥ずかしいことではありません。

森田直子さん(53歳・娘)
父(78歳)がアルツハイマー型認知症。入浴介助で叩かれた経験

父に「バカ野郎、出て行け!」と怒鳴られたとき、ショックで涙が止まりませんでした。ずっと介護してきたのに、と。でもケアマネさんから「それはBPSDで、お父さんの本心じゃないんです。入浴が怖かったんですよ」と教えてもらって、やっと理解できました。次から「嫌でしたね、怖かったですよね」と声をかけてから介助するようにしたら、少しずつ落ち着いてきました。言葉の意味じゃなくて、感情を受け取ることが大事なんですね。

※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。

妄想・幻覚への対応

妄想・幻覚
代表的な妄想:「財布を盗まれた(物盗られ妄想)」「配偶者が浮気している(嫉妬妄想)」「食事に毒が入っている」「家に知らない人がいる」
  • 物盗られ妄想は、アルツハイマー型で最も多いBPSD。財布を置いた場所を忘れ、誰かに盗まれたと確信する
  • 幻視(リアルに見える幻覚)はレビー小体型認知症に特に多い。「小さな子どもが見える」「虫がいる」など
  • 妄想・幻覚は本人にとっては「事実」であり、否定しても傷つけるだけ。信じ込みを止められない

妄想・幻覚への具体的な対処

物盗られ妄想:具体的なセリフ例

NGな返し方
「盗ってないよ!失礼な!」
「さっき自分で置いたんでしょう」
「また同じことを言って…」
OKな返し方
「大切なものがなくて不安ですよね。一緒に探しましょう」
「あ、ここにあった!よかったですね」
(別の場所から見つける演技)
妄想が激しくなったら:妄想が激化し、攻撃性・不眠・強い不安が重なってきた場合は薬物療法を検討する段階かもしれません。主治医・精神科への相談をためらわないでください。
岡田誠一さん(61歳・夫)
妻(59歳)がレビー小体型認知症。幻視に長年悩んだ

妻が「部屋に知らない男の人がいる」と毎晩言うんです。最初は「いないよ!」と否定していたら余計に怒らせてしまって。主治医から「レビー小体型の幻視は本人にはリアルに見えている。否定せず、一緒に対応してあげてください」と言われてから、「わかった、一緒に確認しようか」「もう行ったみたいですよ」と言うようにしました。そうしたら妻が落ち着くようになった。「嘘をついている」のではなく「本当に見えている」んだと理解することが一番大事でした。

※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。

夜間せん妄への対応

夜間せん妄
背景にあるもの:昼夜逆転・尿閉・便秘・脱水・発熱・感染症・薬の副作用・環境の変化(入院・引っ越し直後に多発)
  • 夜間に突然始まる混乱・興奮・幻覚(「誰かが来た」「ここはどこだ」「家に帰る」)
  • 昼間は比較的穏やかでも、夕方以降に症状が強まる「夕暮れ症候群(サンダウニング)」
  • 家族・介護者が最も消耗する症状のひとつ。睡眠不足が積み重なり、介護者側が限界を迎えやすい

夜間せん妄への具体的な対処

サンダウニング(夕暮れ症候群)対策

入院・施設入所直後のせん妄に注意
環境の急激な変化(入院・入所など)はせん妄の大きなリスクです。入院中は毎日家族が顔を見せる、馴染みの物(写真・枕・タオルなど)を持ち込むなどの対応が有効です。入院先の医療スタッフに「認知症があり、夜間せん妄のリスクがある」と事前に伝えておきましょう。

抑うつ・無気力への対応

抑うつ・無気力(アパシー)
背景にあるもの:認知症による喪失感・孤立・脳内神経伝達物質の変化・薬の副作用(過鎮静)
  • 「何もしたくない」「外に出たくない」「食べたくない」が続く
  • 表情が乏しくなり、会話が減る。以前好きだったことへの興味が消える
  • 「怠けている」「わがまま」ではなく、脳の機能変化と心理的要因が原因
  • 認知症患者の30〜50%に見られるとも言われる

抑うつ・無気力への具体的な対処

薬物療法の考え方

BPSDへのケアの基本は「環境調整・非薬物療法が先、薬物療法は補助」です。ただし、以下のような場合は薬物療法を検討すべき段階です。

薬について主治医に確認すべきこと
  • 現在使っている薬がBPSDを引き起こしていないか(副作用として興奮・混乱が出ることがある)
  • 抗精神病薬の種類・量(高齢者は過鎮静・転倒・誤嚥性肺炎のリスクがある)
  • レビー小体型認知症の場合:ハロペリドールなど特定の抗精神病薬で重篤な副作用が出ることがある。必ず主治医に認知症の型を伝える
  • 不眠・夜間せん妄:睡眠薬よりメラトニン受容体作動薬(ラメルテオン等)のほうが安全なことがある
  • 抑うつには選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が使われることがある

介護者自身を守るために

BPSDの介護は、家族の精神的・身体的な限界を超えやすいです。「私が頑張らなければ」という責任感が、介護者を壊します。

自分を守るための実践的なポイント

介護者へのメッセージ

認知症の方に「バカ」「出て行け」「あなたなんか知らない」と言われても、それはBPSDによる言葉であり、本人の本心ではありません。でも、傷つかないでいることなんてできません。「傷ついた」と感じていい。「嫌だ」と思っていい。その感情を誰かに話してください。あなたが元気でいることが、最良の介護です。

川西順子さん(67歳・妻)
夫(70歳)が血管性認知症。暴言・夜間せん妄で介護うつ寸前

夫が夜中に「家に帰る」と叫ぶようになって、私も毎日2〜3時間しか眠れなくて。ケアマネさんに正直に話したら「順子さんが倒れたら一番困るのはご主人ですよ」と言われて。ショートステイを週1回入れてもらって、久しぶりに一人でゆっくり眠れた朝のことは今でも覚えています。休むことへの罪悪感があったけど、私が元気でいることが夫のためでもあるんだと今は思えます。

※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。

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👩
田中恵子さん(仮名)・55歳・主婦(娘) 母・83歳 アルツハイマー型認知症・要介護3

夜中に母が「知らない人が家にいる」と騒ぎ出すんです。台所の方を指さして怖い顔をして。最初は否定していたら余計に興奮して大声になってしまった。「そうなの、もう帰ったよ」と話を合わせるようにしたら、少し落ち着いてくれるようになりました。対応を変えるだけでこんなに違うのかと驚きました。

※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。

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木村浩さん(仮名)・52歳・会社員(息子) 父・79歳 レビー小体型認知症・要介護2

父が夜中の2時に「仕事に行かないと」って着替えを始めるんです。最初は怒鳴ってしまっていたけれど、怒ると余計に混乱するとわかって、穏やかに「今日は休みだよ」と繰り返すようにしました。それでも限界な夜はショートステイを使うことにしました。

※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。

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山田智子さん(仮名)・60歳・パート(妻) 夫・64歳 若年性認知症・要介護2

夫が突然「お前は誰だ」と怒鳴るようになったとき、正直怖かったです。これは病気の症状だと頭ではわかっても気持ちがついていかない。担当ケアマネに相談して認知症サポーターを紹介してもらったことで、対応の仕方だけでなく自分のメンタルケアも考えられるようになりました。

※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。

よくある質問

BPSDとは何ですか?
BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)とは認知症の行動・心理症状のことです。中核症状(記憶障害・見当識障害など)に対して、BPSDは環境・心理的要因の影響を受けやすく、暴言・暴力・徘徊・妄想・幻覚・不眠・夜間せん妄・抑うつ・無気力・食事拒否などが含まれます。適切なケアで改善できる可能性があることが最大の特徴です。
認知症の暴言・暴力はどう対処すればよいですか?
暴言・暴力は本人が「怖い・不安・尊厳を傷つけられた」と感じているサインです。①その場をいったん離れて距離を置く、②正面から向き合わず横・斜め45度から関わる、③怒りの感情に共感する(「そうですよね、嫌でしたよね」)、④原因となっている環境や介護方法を振り返る、が基本対応です。頻繁・激しくなった場合は主治医・精神科に相談してください。
夜間せん妄はどのように対応すればよいですか?
①穏やかな声と態度で安心感を与える、②明るい照明をつける、③「〇〇さん、今夜11時です。自宅にいます」と現実を丁寧に伝える、④身体的な原因(尿閉・便秘・痛み・脱水・発熱)がないか確認する、⑤昼間の活動量を増やして昼夜逆転を改善する、が対応の基本です。頻発する場合は主治医に相談し薬の調整を検討してください。
BPSDはいつ頃から始まり、いつ頃に落ち着きますか?
BPSDは認知症の中期(中等度)に最も多く見られ、重度になるにつれて体力や活動性が低下するため、徘徊・暴力などは末期に向かって減少することがあります。ただし個人差が大きく、病型によっても異なります。「いつ落ち着くか」は予測が難しいため、今できるケアに集中することが大切です。
デイサービスでは穏やかなのに、家では荒れます。なぜですか?
非常によく見られる現象です。デイサービスは専門スタッフによる一定のプログラムがあり、本人が「居場所・役割」を感じやすい環境です。家では家族への甘えや緊張の発散として症状が出やすくなります。「家でも頑張ってもらいたい」と思うより、デイサービスに任せられる部分はどんどん任せましょう。
認知症の家族が「死にたい」と言います。どう対応すればよいですか?
「死にたい」は「こんなに苦しい・つらい」という絶望のサインです。否定したり叱るのではなく、「そんなにつらいんですね」と感情を受け止めることが先です。同時に、主治医・精神科への相談が不可欠です。うつ病を合併している場合は治療で改善できます。具体的な方法を話しているなど緊急性を感じる場合は、かかりつけ医か救急に連絡してください。

まとめ

BPSDは「SOS」として受け取り、原因から対応する
  1. BPSDは「問題行動」ではなく「本人の困り・不安のSOS」。原因を探ることが最初のステップ
  2. 暴言・暴力には距離を置いて共感。正面から向き合わず、穏やかな低い声で関わる
  3. 妄想・幻覚は否定しない。一緒に探す・「もう行った」などで感情を受け止めながらかわす
  4. 夜間せん妄はサンダウニング対策と昼間の活動量確保が根本的な予防になる
  5. 介護記録でBPSDのパターンをつかみ、予防的な対応に切り替える
  6. 薬物療法は「最後の補助手段」。専門医への相談を恐れない
  7. 介護者自身が元気でいることが、最良のBPSDケアにつながる

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参考・出典
※ 本記事は一般的な情報提供を目的としており、医療上の個別アドバイスではありません。具体的な対応は医師・専門家にご相談ください。
最終更新:2026年6月