介護にかかるお金の現実

「介護費用はいくらかかるのか」——これを把握せずに介護を始めると、相続の段階で深刻な後悔につながります。生命保険文化センターの調査によると、在宅・施設を問わず介護にかかる費用の平均総額は約500〜600万円、期間は平均5年1か月とされています。

住宅改修・福祉用具(初期費用)平均 約74万円
月々の介護サービス費(在宅)平均 約5万円/月
月々の施設費用(有料老人ホーム)平均 約15〜30万円/月
介護期間の平均5年1か月(約61か月)

この費用の多くは親の資産(預金・年金)から支出されますが、子どもが立て替えるケースも少なくありません。ここで問題になるのが「その立て替え分は相続のときにどう扱われるのか」という点です。

日本の相続は、遺言書がない場合は民法で定められた法定相続分に従います。これは介護への貢献を考慮しない「平等な分割」が原則です。

相続人の構成 配偶者 子ども(合計) 備考
配偶者+子ども 1/2 1/2(人数で等分) 子が3人なら各1/6
配偶者+直系尊属 2/3 直系尊属で1/3を等分
配偶者+兄弟姉妹 3/4 兄弟姉妹で1/4を等分
子どものみ(配偶者なし) 全部(人数で等分) 子が3人なら各1/3

つまり、10年間介護し続けた長女も、一度も顔を見せなかった次男も、法定相続分は同じです。「介護した分だけ多くもらえるはず」という思い込みが、相続時のトラブルの火種になります。

⚠️ 重要:遺言書がない場合、相続人全員の合意(遺産分割協議)がなければ遺産を動かせません。一人でも合意しない人がいると、家庭裁判所の調停・審判に進むことになります。

介護した人が主張できる「寄与分」とは

法定相続分の「平等」に対して、民法904条の2は「寄与分」という制度を設けています。療養看護などで被相続人(親)の財産の維持・増加に特別な貢献をした相続人は、その貢献分を相続財産から先に取得できます。

寄与分が認められるための主な条件
  • 「特別の貢献」であること:通常の親族間の扶養義務(食事の準備・時々の見舞い等)を超える、継続的・専従的な介護であること
  • 財産の維持・増加に貢献していること:介護施設への入居を回避させることで、施設費用分の財産が保たれたなど
  • 証拠があること:介護日誌・領収書・医療記録・ヘルパーの記録・銀行の引き出し記録など
  • 相続人であること:嫁・婿(相続権のない親族)は寄与分を請求できない(ただし2019年の民法改正で「特別寄与料」の請求が可能になった)
💡 寄与分の計算方法(概算の例)
  • 日当換算:介護に費やした時間 × 日当相場(プロのヘルパー費用を参考にすることが多い)
  • 例:1日4時間 × 365日 × 5年 × 日当3,000円 = 約219万円
  • ただし実際の金額は相続人間の合意または家庭裁判所の判断による
  • 請求できるのは相続発生(親の死亡)後の遺産分割協議の場であり、生前には請求できない

寄与分の主張は相手が認めない限り、家庭裁判所の調停・審判が必要になります。証拠の整備と弁護士への早期相談が重要です。

介護費用の備えはできていますか?

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注意したい「特別受益」の問題

介護する側だけでなく、生前に多額の援助を受けていた兄弟がいる場合も相続トラブルの原因になります。これを「特別受益」と言います。

特別受益とは、相続人が被相続人(親)から結婚・養育費・生計の資本として受けた贈与です。原則として、この金額は相続財産に「持ち戻し」て遺産分割の計算に加えます。

⚠️ トラブル事例①
長男が住宅購入の頭金として親から1,000万円もらっていた。相続発生後に他の兄弟が判明し、「その分を持ち戻せ」と主張。長男は「贈与ではなく借金だった」と言い張り揉める。
⚠️ トラブル事例②
長女が10年間介護して寄与分を主張。次男は「介護費用はもともと親の口座から出ていた。寄与分はない」と反論。介護記録がなく証明が困難になった。
⚠️ トラブル事例③
配偶者(嫁)が献身的に介護したが、嫁には相続権がない。夫(長男)が早く亡くなっていたため、嫁は「特別寄与料」の請求手続きが必要になったが知らなかった。
⚠️ トラブル事例④
親が認知症の進行後に「長女に全部あげる」という遺言書を自書していたが、認知症の診断書があったため遺言の有効性を巡って兄弟間で争いになった。

トラブルを防ぐ4つの手段

「相続は親が亡くなってから考えよう」では遅すぎます。親が元気なうちに動くことで、家族間のトラブルを大幅に減らせます

✅ 公正証書遺言の作成
公証役場で作成する遺言書。家裁の検認不要で最も効力が強い。「長女に多く残したい」「介護費用を考慮した分配にしたい」という意向を法的に残せる。親が判断能力のあるうちに作成することが必須。
✅ 介護記録・領収書の保存
日々の介護内容・かかった費用を記録しておくことで、寄与分の主張に使える証拠になる。日時・内容・かかった時間を簡単なメモでも記録する習慣が大切。銀行振替記録も保存。
✅ 家族信託の活用
親が元気なうちに、信頼できる子どもに財産管理の権限を移す契約。認知症になっても財産が凍結されず、介護費用の支払いや不動産管理が継続できる。後見人不要のケースも多い。
✅ 生前の家族会議と合意形成
「誰がどう介護するか」「費用はどう分担するか」「相続はどう考えているか」を親が元気なうちに家族全員で話し合っておく。口頭でも記録(LINEでも可)に残すことで後の揉め事を防ぎやすくなる。
💡 嫁・婿も「特別寄与料」を請求できる(2019年民法改正)
  • 2019年7月の民法改正により、相続権のない親族(嫁・婿など)でも療養看護に特別な貢献をした場合は相続人に「特別寄与料」を請求できるようになった
  • 請求は相続開始を知ってから6か月以内、かつ相続開始から1年以内に行う必要がある
  • 認められるためには介護への「特別の貢献」の証明が必要。記録の保存が重要

経験者の声

👩
Aさん・54歳・女性 8年間母の介護を担い、相続でトラブルになった

母が亡くなって遺産分割の話し合いをしたとき、遠くに住む弟に「寄与分を主張する」と伝えたら「家族の介護は当然でしょ」と言われて。記録をほとんど残していなかったので弁護士に相談しても証明が難しいと……。あの8年を思うと悔しくて仕方ない。日々の介護をメモしておくだけで違ったはずです。

※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。

👨
Sさん・61歳・男性 父の認知症が進む前に公正証書遺言と家族信託を整えた

司法書士の友人に「認知症が進んでからでは遅い」と言われて、父が軽度のうちに動きました。公正証書遺言で「長男(私)に多く相続させる」と明記してもらい、家族信託で父の口座管理権を私に移した。弟も納得してくれて、今は介護も費用も揉めることなく進んでいます。早く動いて本当によかった。

※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。

👩‍🦳
Rさん・47歳・女性 義母の介護をしていた嫁の立場から「特別寄与料」を請求した

夫は義母の介護中に先に亡くなってしまい、私には相続権がなかった。でも弁護士に相談したら「特別寄与料の制度があります」と教えてもらって。介護日誌と医療費の領収書があったおかげで、義兄たちも認めてくれました。知らなかったら諦めていたと思う。制度を知っているだけで守れるものがある。

※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。

よくある質問

介護をした子は遺産を多くもらえますか?
法定相続分のみでは介護の貢献は考慮されません。ただし「寄与分」という制度があり、親の財産の維持・増加に特別な貢献をした相続人は、他の相続人との合意または家庭裁判所の審判によって、相続財産から寄与分を先に取得できます。ただし寄与分の主張・立証には介護記録・領収書・医療記録などの証拠が必要で、認められるハードルは高い場合があります。
親が生前に特定の子に多額の贈与をしていた場合、相続でどうなりますか?
生前贈与は「特別受益」として扱われる場合があります。特別受益とは、相続人が被相続人から結婚・養育・生計の資本として受けた贈与のことです。特別受益がある相続人は、相続分からその額を差し引いて計算する「持ち戻し計算」が行われます。ただし被相続人が「持ち戻し免除」の意思表示をしていた場合(遺言書で明記するなど)は差し引かれません。
親が認知症になる前に遺言書を作っておくべきですか?
はい、強くお勧めします。遺言書は本人に判断能力がある状態でないと作成できません。認知症が進行してからでは公正証書遺言の作成が難しくなります。特に介護をしている子どもに多く遺したい・実家の扱いを決めておきたい・兄弟間の不公平感を解消したいという場合は、早めに公証役場で公正証書遺言を作成しておくことが最善策です。
介護費用を立て替えていた場合、相続で取り戻せますか?
親の介護費用を子が立て替えていた場合、それが親の財産から支出されるべきものであれば「求償権」として遺産分割の際に主張できる場合があります。ただし「家族として当然の扶養義務の範囲」と判断されると認められないこともあります。領収書・通帳の振替記録・介護記録を保存しておき、相続発生前または発生後早期に弁護士・司法書士に相談することをお勧めします。

まとめ:介護と相続は「早めに動く」ほど有利

  1. 介護の平均総費用は約500〜600万円——費用の長期化リスクを先に把握しておく
  2. 遺言書がない場合、介護の貢献は相続に反映されない——法定相続分は「平等」が原則
  3. 介護した人は「寄与分」を主張できるが、証拠(介護日誌・領収書)が必要
  4. 生前贈与を受けた兄弟には「特別受益」として持ち戻し請求が可能
  5. 嫁・婿でも療養看護をした場合は「特別寄与料」の請求ができる(2019年改正)
  6. 最善策は親が元気なうちの「公正証書遺言+家族信託+家族会議」の三本柱

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参考資料
  • 生命保険文化センター「生命保険に関する実態調査(2022年度)」—介護費用・期間
  • 法務省「民法(相続法)改正の概要」(2019年7月施行)—特別寄与料制度
  • 裁判所「遺産分割事件の概況(令和4年司法統計)」
  • 日本司法書士会連合会「相続・遺言・家族信託に関する相談事例」
本記事は一般的な情報の提供を目的としたものであり、個別の法律・税務・相続上の判断を保証するものではありません。寄与分・特別受益・遺言書・家族信託に関する具体的な手続きは、弁護士・司法書士・税理士等の専門家にご相談ください。