在宅看取りを選ぶということ

「本当にこれでいいのか」——在宅での看取りを選んだとき、多くの家族が最初に感じるのは、決意ではなく不安です。「病院に連れて行かなかった自分は、親不孝ではないか」「何かあったとき対処できるだろうか」「最後まで苦しませてしまわないか」。

その不安は正しい感覚です。知らないことへの恐れは当然です。ただ、在宅看取りを選んだことは、逃げでも諦めでもありません。

内閣府の調査では、日本人の約7割が「最期は自宅で過ごしたい」と答えています。しかし実際に自宅で亡くなる方は約17%に過ぎません(2022年・厚生労働省)。その差を埋めるのは「準備」と「チーム」です。

💡 在宅看取りは「何もしない」ことではありません。訪問診療・訪問看護・ケアマネジャー・家族が連携して、本人が望む場所で、できる限り苦しまずに過ごせるよう支えることです。
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林 修一さん(仮名)・71歳・元会社員 妻(享年68歳・膵臓がん)を自宅で看取った

妻が「家に帰りたい」と言ったとき、正直怖かった。自分に看取りができるのかと。でも在宅医の先生が「私たちがチームでサポートします。一人じゃない」と言ってくれた。最期の3週間は妻の好きな音楽をかけながら、ずっと手を握っていられた。病院だったらあの時間はなかった。あの選択が正しかったと、今でも思っています。

※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。

在宅看取りに必要な3つの条件

在宅看取りはすべての方に可能というわけではありません。次の3つの条件が揃っていることが、安心して進めるための基盤です。

条件①:本人の意思

最も重要なのは、本人が「家にいたい」「家で最期を迎えたい」と思っているかどうかです。意思の確認が難しい状態になる前に、「もし動けなくなったら、どこにいたい?」という会話を早めに持っておくことが大切です。「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」と呼ばれるこの話し合いは、後から「本当はどうしたかったのか」という後悔を防ぎます。

条件②:訪問診療医の確保

在宅看取りには、24時間対応の訪問診療を行ってくれるかかりつけ医が必須です。亡くなった際に「死亡診断書」を発行できる医師がいなければ、警察が介入する可能性があります。主治医または担当ケアマネジャーに「在宅看取りまで対応してもらえるか」を明確に確認してください。

条件③:家族の覚悟と体制

在宅看取りでは、家族が最前線に立つ場面があります。24時間ずっとそばにいる必要はありませんが、急な変化に対応できる人間が近くにいることが必要です。一人の家族だけに負担が集中しないよう、役割分担と交代の仕組みを作っておくことが、最後まで続けられる条件です。

⚠️ 「訪問診療を受けていない状態」で自宅で亡くなると、かかりつけ医がいても診断書を書けないケースがあり、警察・行政解剖が必要になることがあります。在宅看取りを希望するなら、早めに訪問診療の契約をしておくことが最重要です。

中心になる2つのチーム

在宅看取りを支えるのは、主に「訪問診療医」と「訪問看護師」の2つです。それぞれの役割を理解しておくと、何かあったときに誰に連絡すればよいかが明確になります。

役割 担う人 主な内容 緊急時の対応
訪問診療医 医師 定期的な往診・薬の処方・症状管理・死亡診断書の発行 24時間電話相談・夜間往診(体制による)
訪問看護師 看護師 バイタル確認・処置・服薬管理・家族へのケア指導・精神的サポート 24時間電話対応・緊急訪問
ケアマネジャー 介護支援専門員 介護保険サービスの調整・チーム連携の調整 平日対応が基本

「何か変化があったときにまず電話する先」を、訪問診療医と訪問看護ステーション、それぞれの番号で手元に貼っておくことをお勧めします。緊急時に番号を探す余裕はないことが多いです。

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事前に準備しておくこと

「準備できていた」と「準備していなかった」では、最期の日々の心の余裕がまったく違います。元気なうちに、以下のことを整えておきましょう。

📋 在宅看取りの準備チェックリスト
  • 訪問診療医と契約し、「看取りまで対応する」意向を確認している
  • 訪問看護ステーションと契約し、24時間緊急対応の番号を手元に置いている
  • 本人の「最期に延命処置を望むかどうか」の意思を書面または口頭で確認している
  • 葬儀社に事前相談・または複数の候補を決めている(深夜でも連絡できる番号)
  • 死亡診断書が発行されたあとの役所への届け出の流れを確認している
  • 痛みや呼吸苦に備えた頓服薬が手元に処方されている
  • 介護ベッド・床ずれ防止マットレス・吸引器など必要な用具が揃っている
  • 家族間で「最期が近づいたら誰に連絡するか」の連絡順を共有している
  • 本人が食べたいもの・聴きたい音楽・会いたい人を把握している

すべてを一度に揃える必要はありません。ただ、「葬儀社を決めていなかった」「延命の意思を聞いていなかった」という2点だけは、後悔する方が特に多い項目です。早めに対処しておきましょう。

最期の日々——身体のサインの変化

多くの家族が「何が起きているのかわからなくて怖かった」と話します。身体の変化を知っておくことは、怖さを和らげ、「いまそのときなのか」を落ち着いて判断する助けになります。

死が近づく過程で起きる変化には、ある程度共通した段階があります。ただし、個人差が大きく、すべてが起きるわけではありません。

数週間〜1か月前
食事・水分をほとんど摂らなくなる
身体が「終わりに向けて準備を始めている」サインです。無理に食べさせようとする必要はありません。少量の好きなものを口に含ませる程度で十分です。
  • 食欲の著しい低下・一口食べると止まる
  • 水分を欲しがらなくなる
  • 眠っている時間が増える
数日〜1週間前
手足が冷たくなり、うとうとが続く
血液が心臓や脳に集まるため、手足の末端から冷たく・青白くなります。意識が遠のく時間が長くなりますが、聴覚は最後まで残ると言われています。
  • 手足の先が冷たく・紫がかってくる(チアノーゼ)
  • 呼びかけへの反応が鈍くなる
  • 尿量が極端に減る
数時間〜1日前
呼吸が変わる・喉が鳴る
最期が近いことを示す最もはっきりしたサインです。このタイミングで家族を呼び集め、側にいてください。
  • 呼吸が不規則になる(数秒〜数十秒止まることも)
  • 下顎を動かすような呼吸(下顎呼吸)
  • 喉の奥で「ゴロゴロ」と音がする(死前喘鳴)——苦しんでいるわけではありません
  • 顔色が土色・灰色がかってくる
最期の瞬間
穏やかに呼吸が止まる
多くの場合、家族が側にいる中で穏やかに呼吸が止まります。大きな苦しみを伴わないことがほとんどです。急がずに、しばらくそばにいてください。
「喉が鳴っている」「息が変な音をしている」——初めて聞くと驚きます。しかし死前喘鳴は、意識がない状態で口の中の分泌物が動く音であり、本人が苦しんでいるサインではありません。側にいて、声をかけ続けてください。聴覚は最後まで残ると言われています。「ありがとう」「ゆっくり休んでね」——その言葉は届いています。
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佐々木涼子さん(仮名)・52歳・主婦 母親(享年84歳)を在宅で看取った

訪問看護師さんが「もうすぐです」と教えてくれた前日の夜、兄と交代しながら母の手を握っていました。喉がゴロゴロ鳴り始めたとき、最初は「苦しいの?」と焦りました。でも看護師さんが事前に「これは苦しさじゃないから安心して」と言ってくれていたので、慌てずに側にいられた。明け方、スゥっと息が止まって——静かでした。「準備しておいてよかった」と心の底から思いました。

※体験談は一般的なケースをもとにした構成例です。実際の体験談は順次掲載予定です。

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息を引き取った後にすること

最期の瞬間が訪れたとき、何をすればよいかを知っておくことで、混乱せずに大切な時間を過ごせます。

  1. 慌てない——しばらく側にいる
    亡くなってすぐに電話する必要はありません。深呼吸して、しばらく側にいてください。「ありがとう」を伝える時間を持ちましょう。
  2. 訪問診療医(または訪問看護ステーション)に連絡する
    「呼吸が止まりました」と伝えます。夜間・深夜であっても連絡してください。医師が来て「死亡診断書」を発行します。これが最優先です。
    ⚠️ 救急車は呼ばないでください(蘇生処置が行われます)
  3. 死亡診断書を受け取り、葬儀社に連絡する
    医師から死亡診断書を受け取ったら、事前に決めていた葬儀社に連絡します。深夜でも対応している葬儀社がほとんどです。遺体の搬送・安置の手配が始まります。
  4. 家族・親戚に連絡する
    事前に決めた連絡順で知らせます。深夜であれば翌朝でも構いません。「本人が望んでいた逝き方ができた」ことを、落ち着いて伝えましょう。
  5. 7日以内に死亡届を役所に提出する
    死亡診断書の右半分が「死亡届」になっています。葬儀社が代行してくれることがほとんどです。提出後、火葬許可証が発行されます。
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後悔と罪悪感について

看取りを終えた後、多くの家族が「もっとこうすればよかった」という気持ちを持ちます。「最後にそばにいられなかった」「もっと早く在宅を選んでいれば」「病院に連れて行くべきだったのでは」——。

その気持ちは、それだけ深く愛していた証拠です。

ただ、一つだけ伝えたいことがあります。在宅看取りを選んだことは、本人の望みを叶えた選択です。病院での最期が正解で、在宅が次善という序列はありません。本人が「帰りたい」と言い、家族がその意思を支えた——それは、医療の力では代替できないことです。

在宅での看取りを経験した家族の多くが、後から「あの選択は間違っていなかった」と語ります。後悔と悲しみは同時に存在できます。「よくやった」と思いながら、泣いていてもいい。悲しみは、愛の別の姿です。
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吉田 恵さん(仮名)・48歳・会社員 父親(享年79歳)を3か月間、訪問看護チームとともに自宅で支えた

父が息を引き取った直後、「病院に連れて行けばもっと生きられたかもしれない」という罪悪感が一瞬頭をよぎりました。でも、担当の訪問看護師さんが「お父様は自分の家で、家族に囲まれて逝けました。それは誰にでもできることじゃないです」と言ってくれた言葉が、今でも残っています。在宅看取りは介護する側だけでなく、看取られる側にとっても、大きな贈り物だったと思っています。

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エリア別に在宅医療・サービスを探す

訪問診療医・訪問看護ステーションはお住まいのエリアによって選択肢が異なります。ケアマネジャーに相談するか、地域包括支援センターへ問い合わせて、在宅看取りに対応できるチームを早めに見つけておきましょう。

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まとめ

在宅看取りのために、今日できること

  1. 本人の「どこで最期を迎えたいか」という意思を、今のうちに確認する
  2. 訪問診療医に「看取りまで対応できるか」を明確に確認し、契約しておく
  3. 訪問看護ステーションの24時間緊急番号を手元に貼っておく
  4. 葬儀社を事前に決め、深夜でも連絡できる番号を控えておく
  5. 最期の日々の身体変化を知っておき、慌てずに側にいられるよう備える
  6. 「救急車は呼ばない」という判断を家族全員で共有しておく
  7. 看取りを終えた自分を責めない——その選択は、本人への最後の贈り物だった

在宅看取りは、知識と準備があれば、決して不可能なことではありません。大切なのは「完璧な看取り」を目指すことではなく、本人が最期まで自分らしくいられる時間を守ることです。

在宅での療養全般については重度の在宅介護を続けるためにを、最期の選択についてより深く考えたい方は終末期ケアと看取りの考え方もあわせてご覧ください。

参考・出典
  • 厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」→ https://www.mhlw.go.jp/
  • 厚生労働省「令和4年人口動態統計」死亡場所の割合 → https://www.mhlw.go.jp/
  • 内閣府「高齢社会白書(令和5年版)」終末期の療養場所の希望 → https://www8.cao.go.jp/
※ 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医療・看護アドバイスではありません。在宅看取りの判断については、担当の訪問診療医・訪問看護師・ケアマネジャーとよく相談の上で進めてください。