「まだ決まっていない」——まず今日やること
「そろそろ退院を考えてください」と言われたけれど、家には手すりもない、仕事も休めない、介護保険の申請すらしていない——。この状態で退院日を告げられて、頭が真っ白になる方はとても多いです。あなたの準備が遅かったわけではありません。入院してから退院の話が出るまでの期間は思っている以上に短く、家族側が追いつけないのは、むしろよくあることです。
この記事は親が突然倒れたら?介護が始まったときに最初にやることの一部です。何から手をつければいいか迷っている方は、こちらから順にどうぞ。
そして、慌てなくてよい理由がひとつあります。退院日は「決定事項」として一方的に押しつけられるものではなく、調整の対象だからです。病院の中には、まさにこの調整のために置かれている相談窓口があります。そこに一本つなぐことが、今日いちばん効く行動です。
- 病棟の看護師に「MSW(医療ソーシャルワーカー)さんとお話ししたいのですが」と伝える
- 「退院後の受け入れ体制が整っていなくて困っています」と、そのまま正直に言う
- 面談の日程をその場で決めてもらう(数日先ではなく、できるだけ早く)
この一言を伝えるだけで、状況は「家族が一人で抱える問題」から「病院と一緒に調整する課題」に変わります。以下の図は、退院を告げられてから退院日までの行動を時間軸で整理したものです。すべてを同時にやる必要はなく、上から順に手をつければ十分です。
なぜ退院を急かされるのか(病院側の仕組み)
「もう治療は終わったから出ていけ、ということ?」と感じてしまう方は少なくありません。ただ、ここは誤解が生まれやすいところなので、仕組みのほうを知っておくと気持ちがずいぶん楽になります。
一般に、日本の病院は入院期間が長くなるほど1日あたりの診療報酬(病院が受け取る収入)が下がる仕組みのもとで運営されています。とくに急性期の病院は「命に関わる状態を治療する場」として設計されており、治療が一段落した患者さんは次の場(自宅・リハビリ病棟・介護施設など)へ移っていただく前提で病床が回っています。
だからこそ、敵対するのではなく「一緒に次の行き先を探してもらう相手」として病院を頼るほうが、結果的に早く良い着地になります。
もうひとつ知っておくと役に立つのは、病院にも「行き先が決まらないまま退院させる」ことを避けたい事情があるという点です。退院後すぐに状態が悪化して再入院になれば、本人にとっても病院にとっても望ましくありません。つまり、行き先探しは病院と家族の利害が一致するテーマです。ここを共通の目標として持ち出すと、話がとても進めやすくなります。
最初に相談する相手はMSW・地域連携室
退院が迫っているときに、家族が最初に頼るべき相手ははっきりしています。MSW(医療ソーシャルワーカー)・退院支援看護師・地域連携室(患者支援センターなどの名称のこともあります)です。
MSW・地域連携室はどんな存在か
- 多くの病院に置かれている専門の相談窓口です(規模の小さな病院では兼務のこともあります)
- 相談は無料です。入院費とは別に費用がかかるものではありません
- 転院先・施設の空き状況・在宅サービスの手配・費用の心配まで、まとめて相談できます
- 家族のほうから面談を申し込んでかまいません。病院から声がかかるのを待つ必要はありません
- 今の困りごと:「自宅に手すりがない」「日中は誰もいない」「介護保険をまだ申請していない」
- 家族側の条件:同居か別居か、通える距離か、仕事の状況、出せる費用のおおよその上限
- 本人の希望:家に帰りたいのか、施設でもよいと言っているのか
- 知りたいこと:「退院後も続く医療的な処置はありますか」「この状態で受け入れ先の候補はどこになりますか」
並行して、お住まいの地域の地域包括支援センターにも連絡を入れておくと、退院後の在宅サービスやケアマネジャー探しが進めやすくなります。病院側は「医療」、地域包括支援センターは「地域の介護」に強いので、両方に声をかけておくのが結果的にいちばん早い進み方です。
行き先の5つの選択肢と向き不向き
退院後の行き先は、大きく5つに整理できます。「自宅か施設か」の二択で考えると行き詰まりますが、あいだにある「つなぎの選択肢」を知っておくと、一気に道が開けます。
① 自宅+在宅サービス
訪問介護・訪問看護・福祉用具のレンタル・住宅改修などを組み合わせて、自宅で受け止める方法です。本人の希望としてはいちばん多い選択ですが、介護ベッドの搬入や手すりの設置には数日〜数週間かかることがあるため、退院日が近いほど準備の時間との勝負になります。「自宅に帰す」と決めたなら、その日のうちにケアマネジャー探しを始めてください。
② 老健(介護老人保健施設)
病状が安定した方が在宅復帰を目指してリハビリをする施設です。退院を迫られている家族にとって、いちばん現実的な「つなぎ」になりやすいのがここです。入所期間は3〜6か月程度が一つの目安とされ、その間に自宅の準備を整えたり、次の施設をゆっくり探したりできます。要介護1以上の認定が必要になるのが一般的です。
くわしくは 老健(介護老人保健施設)の使い方 をご覧ください。
③ 医療療養病床・回復期リハビリ病棟への転院
点滴・たん吸引・経管栄養など医療的な管理が続く場合や、集中的なリハビリを続けたい場合の選択肢です。病院間の紹介になるため、家族が一から探すというよりMSWに候補を出してもらう形が中心になります。「自宅は無理そうです」と早めに伝えるほど、候補を当たってもらえる時間が増えます。
④ 有料老人ホーム・サービス付き高齢者向け住宅
民間の施設で、空室があればすぐに入居できる場合があるのが特徴です。特養(特別養護老人ホーム)は待機が長くなりやすいため、退院が迫っている状況では現実的な受け皿になりにくい一方、有料やサ高住は選択肢に入ります。費用は幅が大きいので、月額のほかに入居一時金の有無を必ず確認してください。
急ぎで探す進め方は 緊急で老人ホームを探す方法 にまとめています。
⑤ ショートステイで一時的にしのぐ
「あと2週間だけ時間がほしい」というときに効くのがこれです。本来は家族の休息などのための短期入所ですが、退院直後の受け皿として使えることがあります。ケアマネジャーとの調整が前提になるため、ケアマネが決まっていない段階では地域包括支援センターかMSWに「ショートステイでつなげませんか」と相談してみてください。
介護保険がまだない・間に合わない場合
「介護保険の認定がないから、退院までに何もできない」——そう思って動きが止まってしまう方が多いのですが、ここには抜け道があります。
- 要介護認定の申請は入院中に出せます
- 認定調査は入院先の病院で受けられるのが一般的
- 本人が動けなくても家族が代わりに申請できます
- 申請先は市区町村の介護保険窓口/地域包括支援センター
- 「暫定ケアプラン」でサービスを先に開始できる場合があります
- 認定は原則として申請日にさかのぼって適用されます
- ただし想定より低い認定が出ると自己負担が増えることも
- ケアマネジャーに「暫定でお願いできますか」と相談を
つまり、「認定が下りていないこと」は退院の準備を止める理由にはなりません。むしろ退院してから申請すると、結果が出るまでの間サービスが使えない空白期間が生まれやすくなります。退院の話が出た時点で申請しておくのが、一般に推奨される動き方です。
申請の手順は 要介護認定の申請方法と流れ で解説しています。
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「あと◯日ほしい」の伝え方
退院日を少し先にしてもらえないか——このお願いは、してはいけないことではありません。ただ、伝え方によって進み方がかなり変わります。
- 「介護ベッドの搬入が◯日、ケアマネとの契約が◯日なので、あと1週間いただけないでしょうか」
- 「自宅は難しそうなので、転院先を一緒に探していただけませんか」
- 「間に合わない場合、ショートステイでつなぐ方法はありますか」
- 「今からできることを教えてください」
- 「まだ無理です」だけで、理由も日数も言わない
- 「見捨てるんですか」など、感情でぶつける
- 「そちらで何とかしてください」と丸投げする
- 返事をせずに、そのまま放置してしまう
コツは、「無理な希望」ではなく「調整の相談」として持ち込むことです。具体的な日数と、その日数が必要な理由をセットで伝えると、病院側も院内の調整に動きやすくなります。「なぜその日数なのか」が説明できると、それは家族のわがままではなく、退院後に再入院を防ぐための合理的な要望になります。
- 延長のお願いと並行して、転院先・施設の候補探しをMSWに動かしてもらう(延長が通らなかった場合の保険になります)
- 候補が出たら、費用・入居可能日・医療的ケアの受け入れ可否の3点をすぐ確認する
- ケアマネジャーが決まったら、退院日を共有して福祉用具の手配を先に走らせる
「来週には退院を」と言われて、正直あのときは病院を恨みました。でも思い切って「受け入れる準備が何もできていなくて困っています」と看護師さんに言ったら、その日のうちにソーシャルワーカーさんとの面談を組んでくれて。自宅は難しいと伝えたら老健を提案してくれて、3か月そこにいる間に手すりを付けて、ケアマネさんも決まって。あのとき黙っていたら、たぶん私が倒れていたと思います。
※実在の方の体験談ではありません。よくある状況をもとに編集部が構成した例です。
やってはいけない3つのこと
この局面でご家族が陥りやすい落とし穴が、はっきり3つあります。
- ① 何も言わずに放置する……返事をしないでいると、病院側は「準備が進んでいる」と受け取ってしまいます。困っているなら、困っていると言葉にするだけで支援が動き出します
- ② 家族だけで抱え込む……「身内のことだから自分でなんとかしなければ」と思い込むと、選択肢が自宅一択に狭まります。MSW・地域包括支援センター・ケアマネジャーは、そのために存在する相手です
- ③ 準備なしで自宅に連れて帰る……いちばん危ないのがこれです。手すりも介護ベッドもサービスもない状態で在宅介護を始めると、数日で介護する側が限界を迎え、転倒や再入院につながることがあります
特に③については、「とりあえず家に連れて帰って、それから考えよう」と判断してしまうご家族がとても多いです。気持ちはよくわかります。ただ、つなぎの選択肢(老健・ショートステイ・転院)を検討しないまま自宅に戻ることは、本人にとっても家族にとってもリスクが高いということだけは、頭の片隅に置いておいてください。共倒れになってからでは、選べる道がさらに狭くなります。
行き先が決まったら、次にやること
行き先が決まったら、そこからは「退院後の生活をどう組み立てるか」という次のフェーズに移ります。退院前カンファレンスで確認すべきこと、退院当日から1週間で整えること、在宅サービスの組み合わせ方などは、別の記事にまとめています。
この記事は「退院を迫られている、まだ何も決まっていない」段階に絞って書いています。行き先の目処が立ったら、次は退院後の生活の組み立てです。
まとめ:退院を迫られたときの動き方
- 準備ができていないのは、あなたのせいではありません。今日MSW(医療ソーシャルワーカー)に面談を申し込むところから始めます
- 急かされるのは病院が冷たいからではなく制度の設計。敵対せず「一緒に行き先を探す相手」として頼ります
- 行き先は自宅だけではありません。老健・転院・有料/サ高住・ショートステイという「つなぎ」があります
- 要介護認定は入院中に申請できます。結果を待たず暫定ケアプランで始められる場合もあります
- 延長をお願いするときは具体的な日数と理由を添えて。並行して転院先探しも動かしてもらいます
- 放置しない・抱え込まない・準備なしで連れ帰らない。この3つだけは避けてください
受け入れ先・在宅サービスを相談してみませんか
退院までに間に合う施設を探したい、在宅で受け止める体制を整えたい。どちらも登録不要・完全無料です。
- 厚生労働省「介護保険制度の概要」→ mhlw.go.jp
- 厚生労働省「要介護認定の仕組みと手順」→ mhlw.go.jp
- 厚生労働省「介護・高齢者福祉」(在宅医療・介護連携の推進など)→ mhlw.go.jp