「退去してください」と言われたときに、まず知ってほしいこと
やっと入居先が決まって、ようやく落ち着けたと思っていた矢先。施設から「今の体制では対応が難しくなりました」「退去のご準備をお願いします」と告げられる。頭が真っ白になって、その場では何も聞き返せなかった——そんなご家族のお話は、決して珍しいものではありません。
この記事は介護施設の種類と選び方(特養・有料・老健・グループホームの比較)の一部です。施設の種類から比べたい方は、まずこちらをご覧ください。
まずお伝えしたいのは、退去を求められることは、ご本人やご家族の落ち度ではないということです。施設には、看護職員の配置、夜間の人員体制、居室の設備、対応できる医療的ケアの範囲といった枠組みがあります。入居時には合っていた条件が、ご本人の状態の変化によって合わなくなった。多くの場合、起きているのはそれだけのことです。ご本人が拒まれたわけでも、ご家族の関わり方が間違っていたわけでもありません。
ただし、入居前に断られる場合と決定的に違う点があります。期限があることです。すでにそこで暮らしている以上、いつまでに次の場所を決めるかという現実が伴います。だからこそ、気持ちの整理と並行して、早めに動き出す必要があります。この記事では「まず何を確認し、どの順番で動くか」を整理します。
最初に確認するのは、契約書の「退去条項」
感情が動いているときほど、事実の確認が後回しになります。けれど最初にやるべきことは、はっきりしています。入居契約書と重要事項説明書を出してきて、退去(契約解除)に関する条項を読むことです。
多くの施設の契約には、施設側から契約を解除する場合の条件と、その際の予告期間が書かれています。予告期間は施設・契約によって異なりますが、一般に3か月程度の猶予が設けられていることが多いとされています。まずは、お手元の契約書に何と書かれているかを確認してください。
- 施設から契約を解除できる条件…どんな場合に退去を求められると書かれているか(列挙されているのが一般的です)
- 予告期間…「◯か月前までに通知する」といった記載。ここが猶予の目安になります
- 今回の理由が、どの条項に当たるのか…施設に「どの条項に基づくご判断ですか」と確認します
- 入院時の取り扱い…入院中の居室の確保、その間の費用、一定期間を超えた場合の扱い
- 入居一時金がある場合の返還…償却の考え方と返還額の計算方法(契約により大きく異なります)
そのうえで、施設からの申し出は口頭ではなく書面でもらうようにお願いしてみてください。「理由」「いつまでに」が文字になっていると、ケアマネジャーや相談窓口に共有するときにも、話がぶれずに進みます。感情的なやり取りを減らす意味でも、書面はご家族を守ります。
退去を告げられてからの流れ
やることが多く見えますが、順番はほぼ決まっています。全体像を先に把握しておくと、目の前の一手に集中できます。
ポイントは、④の転居先探しを最後に回さないことです。②の猶予の話し合いが終わってから動き出すと、残り時間が一気に減ります。話し合いと施設探しは、同時に進めて構いません。
理由① 医療依存度が上がった
入居後に退去を求められる理由として、まず挙がるのが医療的ケアの変化です。入居時は見守りと生活支援が中心だった方に、たんの吸引、経管栄養(胃ろう・経鼻)、点滴の管理、在宅酸素療法、インスリン注射などが必要になる。すると、その施設の看護体制では対応しきれなくなることがあります。
とくに影響が大きいのが夜間の体制です。日中は看護職員がいても、夜間は配置がない施設は少なくありません。夜間にも医療的ケアが必要になった時点で、対応が難しくなるという構造です。施設が意地悪をしているわけではなく、安全に対応できる時間帯の問題であることが多いといえます。
- 必要なケアの内容と頻度を、書き出して整理する…「吸引が1日◯回、うち夜間◯回」など、数字で伝えられるようにします
- 主治医に今後の見通しを確認する…一時的なものか、継続するのか。医療的な判断は必ず医師にご相談ください
- 看護体制の手厚い施設へ切り替える…「24時間看護師常駐」をうたう介護付き有料老人ホームなどが候補になります
- 介護医療院・介護老人保健施設(老健)…医療的な管理を受けやすい類型です。対象や利用の考え方は施設により異なります
- 状態によっては医療機関での療養…施設ではなく医療の場が適する場合もあります
理由② 認知症の症状への対応が難しくなった
他の入居者に手が出てしまう、夜間に大きな声が続く、施設の外に出ていってしまう。こうした行動・心理症状(BPSD)が強く出ると、他の入居者の安全にも関わるため、施設は慎重にならざるを得ません。「他の方からも苦情が出ていて」と説明されることもあります。
ここで大切なのは、症状そのものを本人の性格や意思の問題として受け取らないことです。行動の背景に、体調不良(痛み・便秘・脱水・感染など)、薬の影響、環境の変化、不安や不眠が隠れていることがあるとされています。まずは主治医に症状の変化を相談してみてください。背景に対応することで落ち着く場合もあり、その結果、退去の判断が見直されることもあります(医療的な判断は必ず医師にご相談ください)。
- いつ・どんな場面で症状が出るかを記録する…時間帯や引き金がわかると、医師にも次の施設にも説明しやすくなります
- 主治医(できれば認知症に詳しい医師)に相談する…体調・薬・環境の影響を確認します
- グループホーム(認知症対応型共同生活介護)…認知症ケアを前提に少人数で生活する形態です。要件や地域の条件は施設により異なります
- 認知症ケアに力を入れている施設…研修体制や受け入れ実績を確認してみましょう
転居で費用が変わる前に、
「いくらまで続けられるか」を整える
施設の種類が変われば、毎月の負担も変わります。年金と貯蓄から続けられる金額の目安を、FPに無料で相談できます。
理由③ 費用の滞納
利用料の支払いが滞ると、契約解除の理由になり得ます。多くの契約では「利用料の支払いが一定期間滞った場合」が解除事由として挙げられています(期間や条件は契約により異なります)。
ここで一番避けたいのは、払えないまま黙っていることです。連絡がないまま滞納が続くと、施設としては解除に向かわざるを得なくなります。反対に、早い段階で「支払いが厳しくなりそうです」と相談すれば、分割の相談に応じてもらえたり、軽減制度の案内を受けられたりすることがあります。
- 負担限度額認定…所得や資産の要件を満たす場合、特養・老健などの食費・居住費の負担が軽くなる仕組みです
- 高額介護サービス費…1か月の介護サービス費の自己負担に上限を設ける制度です
- 費用の安い施設への転居…民間施設から特別養護老人ホームなどへの切り替えを検討する方法もあります
- 生活保護の介護扶助…生活が成り立たない状況では、福祉事務所への相談という選択肢もあります
理由④ 入院が長期化した
見落とされやすいのがこの理由です。入居者が入院した場合、入院が一定期間を超えたら契約を解除できるという条項が置かれている契約は多く、3か月程度が目安とされていることが多いとされています(期間・運用は施設や契約によって異なります)。
入院中は治療のことで頭がいっぱいになり、施設との連絡が後回しになりがちです。しかし居室は空いたままではなく、施設は次の入居希望者への対応も考えます。入院が決まった時点で施設に連絡しておくことが、居室を残せるかどうかを分けることがあります。
- 入院した日と、病名・状態の概要…わかる範囲で構いません
- 退院の見込み…主治医の見立てを確認し、変わったらその都度伝えます
- 居室を確保してもらえるか…確保できる期間と、その間の費用の扱いを確認します
- 退院後に必要になるケア…医療的ケアが増える場合、受け入れ可能かを早めにすり合わせます
理由⑤ 家族と施設の信頼関係が悪化した
ケアの内容や事故の説明をめぐって行き違いが重なり、関係が険しくなってしまう。その延長で退去の話が出ることもあります。ご家族としては「大切な親のことだから」と強く伝えただけ、という場合がほとんどです。施設側も、限られた人員の中で精一杯対応していることが多いといえます。どちらかが一方的に悪いという構図ではないことが少なくありません。
とはいえ、感情的な対立が続くと、いちばん困るのはご本人です。情報が入ってこなくなり、日々の様子が見えなくなります。次の3点を意識すると、話し合いが前に進みやすくなります。
- 事実と要望を分けて伝える:「いつ・何が起きたか」と「今後どうしてほしいか」を分けて話すと、責任追及ではなく改善の話になります
- 記録を残す:面談の日時、出席者、説明された内容をメモに。感情ではなく記録が、後の相談の土台になります
- 第三者に入ってもらう:ケアマネジャーや地域包括支援センターの職員に同席してもらうと、双方が冷静になりやすくなります
猶予期間の相談のしかた
退去そのものを覆すことに全力を注ぐより、「いつまでに出るか」を現実的な線に調整するほうが、結果としてご本人の生活が守られることが多いといえます。転居先が見つからないまま期限だけが来る、という事態を避けるためです。
相談するときは、あいまいな「もう少し待ってください」ではなく、具体的な期間と、その理由をセットで伝えるのが効果的です。
- 期間を数字で…「転居先が決まるまで、あと3か月ほどお時間をいただけないでしょうか」
- 動いている事実を添える…「ケアマネジャーと候補を4件回っており、うち2件が検討中です」
- 途中経過を報告すると約束する…「2週間ごとに進捗をご報告します」
- 期限を書面で確認する…「最終的にいつまでか、日付で示していただけますか」
施設側も、行き先が決まらないまま退去させることは望んでいない場合が多いものです。「探しています」という事実が見えると、待ってもらいやすくなる傾向があります。逆に、連絡が途絶えると施設は事務的に進めざるを得ません。こまめな共有が、いちばんの交渉材料になります。
「夜間の吸引には対応できません」と言われたとき、頭が真っ白になって「見捨てるんですか」と言ってしまいました。後日ケアマネさんが同席してくれて、契約書に3か月前の予告と書いてあることを一緒に確認できたんです。そこで「探す時間をください、2週間ごとに報告します」とお願いしました。結果的に4か月ほど待っていただけて、看護師さんが24時間いる施設に移れました。最初に対立してしまったことだけが、今も心残りです。
※実在の方の体験談ではありません。よくある状況をもとに編集部が構成した例です。
転居先の探し方
探し方そのものは、はじめて施設を探したときと大きくは変わりません。違うのは、「なぜ前の施設で続けられなかったか」という条件がはっきりしているという点です。これは制約ではなく、候補を絞り込むための情報です。
- ケアマネジャー(全体の調整役。最初にここへ)
- 今の施設の生活相談員(地域の事情に詳しい)
- 地域包括支援センター(公的窓口・相談無料)
- 市区町村の介護保険担当課(特養の申し込み方法など)
- 民間の紹介サービス(空室情報をまとめて集められる)
- 介護サービス情報公表システムで事業所を確認
- 複数施設への同時申し込み
- 間に合わない場合はショートステイ・老健などのつなぎ
意外に思われるかもしれませんが、退去に至った理由は、次の施設に正直に伝えたほうが結果的にうまくいきます。「夜間のたん吸引が必要になった」「夜に大きな声が出ることがある」と具体的に伝えたうえで「それでも対応できます」と言ってくれた施設なら、入居後の生活は安定しやすくなります。反対に隠して入居すると、同じ理由で再び退去を求められ、ご本人が二度、三度と環境の変化にさらされることになりかねません。
納得できない場合の相談窓口
説明を聞いても納得できない、話し合いが進まない。そんなときは、施設とご家族だけで抱え込まず、外部の窓口に相談できます。相談したからといって、施設との関係が必ず悪くなるわけではありません。第三者が入ることで、かえって話が整理されることもあります。
- 市区町村の介護保険担当課:地域の事業所を把握している行政窓口です。まずここに事情を伝えるという入り口があります
- 国民健康保険団体連合会(国保連):介護サービスに関する苦情の申立てを受け付ける窓口が各都道府県に置かれています
- 運営適正化委員会:福祉サービスの利用に関する苦情を扱う仕組みで、各都道府県の社会福祉協議会に設置されています
- 地域包括支援センター:どこに相談すればよいか迷うときの整理役として使えます(相談無料)
やってはいけない3つのこと
焦りや落ち込みが強いときほど、後で困る選択をしてしまいがちです。次の3つは避けておきたい行動です。
- 放置したまま期限を迎える…「なんとかなるだろう」と手を止めると、退去日にご本人の行き先がないという事態になりかねません。動き出すのが早いほど、選べる施設は増えます
- 感情的に対立し続ける…関係がこじれると、日々の様子や候補施設の情報が入ってこなくなります。困るのはご本人です。第三者を入れて、事実ベースの話に戻しましょう
- 状態を隠して次の施設に申し込む…隠したまま入居しても、同じ理由で再び退去を求められる可能性があります。環境の変化を繰り返すことは、ご本人の負担になります
とくに3つ目は、気持ちとしてはとても理解できるところです。「これを言ったらまた断られる」と思うからこそ、控えめに伝えたくなります。けれど施設は、伝えられた情報をもとに人員配置や見守り体制を組みます。正確に伝えることは、ご本人が安全に暮らすための前提です。
まとめ:退去は「合う場所に移る機会」でもあります
- 退去を求められるのは施設の体制とご本人の状態が合わなくなったということ。落ち度ではありません
- まず契約書・重要事項説明書の退去条項で、理由と予告期間(一般に3か月程度のことが多い)を確認する
- 理由は主に5つ。医療依存度/認知症の症状/費用の滞納/長期入院/信頼関係のどれかを特定すると、次に探す施設の種類が決まります
- 猶予の相談と転居先探しは並行して進める。「具体的な期間+動いている事実」を伝えると待ってもらいやすくなります
- 納得できないときは市区町村・国保連・運営適正化委員会へ。状態を隠して次に申し込むことは避けます
退去を告げられた日は、目の前が暗くなると思います。それでも、いま必要なケアが受けられる場所に移れたことで、ご本人の表情が穏やかになったというお話も少なくありません。退去は終わりではなく、いまのご本人に合う場所に移る機会でもあります。ひとりで抱えず、ケアマネジャーや地域包括支援センターに「退去を求められました」とそのまま伝えてみてください。
- 厚生労働省「介護・高齢者福祉」→ https://www.mhlw.go.jp/
- 厚生労働省「介護保険制度の概要」→ https://www.mhlw.go.jp/
- 厚生労働省「介護サービス情報公表システム関連(サービスの種類)」→ https://www.mhlw.go.jp/
- 厚生労働省「認知症施策」→ https://www.mhlw.go.jp/
- 厚生労働省「生活保護制度」→ https://www.mhlw.go.jp/